#27 時計合わせ

2014.03.13

 人質が監禁されている廃墟のようなビル。あるいは荒野にそびえたつ、またあるものは地下に広大な空間をもつような要塞。凄腕たちが集まり、綿密な作戦を立て、それぞれに重要な役割を託されて、チームで現場に乗り込む。と、その前に、大事なことを忘れてはいけない。「時計を合わせろ」。円陣を組んで、手首に手をやり、せーのでピッとやる、その仕草。あれが、ずっと、わかるようでいてわからない。

 あれって時刻を合わせているのだろうか。みんなの時計が同じ時刻を、それも秒単位でピッタリと合っているようにしているのだとすれば「じゃあ、何時何分何秒に合わせるよ、せーの」みたいなことがなければ成立しないと思うのだが、そんなくだりを見たことがない。彼らはいつもチャカッとやってピッとすればそれでバッチリ時計が合ったことになっているのだ。そりゃあ彼らは現場に突入するたびにいっつも時計を合わせているんだろうから、せいぜいズレていても数秒レベルなのかもしれないけれど、それにしたって本当なのか、あれは。

 それともあれは、ストップウォッチ的なものを始動させているのだろうか。作戦完了まで六十分、的な。全員の行動を同期させるという意味では理に適っているが、しかしながらそれを「時計を合わせる」と表現するのはいささか不自然ではないかと僕は感じる。それともそういう業界用語として理解するべきなのか。うーん、わからない。まあ、僕は時計に関してもミリタリーに関しても知識が乏しいのであくまでフツーの、民生用の腕時計を前提にしているけれど。でも仮にもエンタメを主目的とした映画なら、そういう無用な引っかかりはなくしてほしいものだ。

 ただ、あのシーンで一つ印象的なのは、「メンバー同士の時計が合っている」ことだけが重要なのであって、それが世の中の時計と合っているかどうかは問題じゃない、ということだ。グリニッジ標準時でもアメリカ東海岸時間でもなく、あくまで「俺たちの時間」。その共有行為は「時計の正しさ」という考えを微妙に揺さぶってくる。僕の父は鉄道の運転士だったので、出勤前にはいつも電話で時報を聞いて懐中時計を合わせていた。あの時報だって、それ自身で正しいのではなく、みんながそれを正しいと決めたから正しいのだ。

 電波時計のすばらしいところは、時計がズレる前提でズレを補正し続ける、という思想だ。とってもスマートな発想というか、「絶対にズレない時計をつくる!」よりも現実的だなあと思うのだ。「絶対にミスをしない」というのはただの根拠なき精神論でしかなくて、「人はミスをするものだ」という前提のもとに考えられる準備をしておく、その対策を講じておくことのほうが、リアリスティックで、やさしくて、僕は信じられる。その姿勢が好きだ。

 どこかから飛んでいる「正しい時刻をお知らせし続ける電波」を定期的に受信する時計。子どもの頃はそれはもうSFというか「未来すげー」みたいな感動があったように記憶している。きっと「電波が飛んでる」ということが当時はうまく想像できなかったんだと思う。それは子どもだったからなのか、携帯電話があたりまえの現代からすれば、ということなのかはわからない。いまや結構フツーに目にするし、フツーに買える電波時計。僕は持っていないが、パソコンや携帯電話といった通信機器の時計がほぼ同じことになっているので、本当に正確な時間を知りたければ僕は携帯電話の時計を見る。僕の腕時計は、たいていズレているからだ。

 わざと五分進ませておく、というようなメソッドがあるだろう。元々は僕もそういうつもりだったのである。僕の腕時計は今、十分近く進んでいる。さすがに進みすぎている。なにも精度の低い時計というわけじゃないし、ごくたまに、都度修正すればいいだけのことなのだ。情けないことに、時計の合わせかたがわからないのだ。

 G-SHOCKのアナログの時計。なのだがこれが、ツマミのない、アナログなんだけどデジタルなやつ。針はあるのだけど針を直接動かすことはできない。デジタルとして持っている時刻情報をいじることによって、それに従って針がぐぐぐぐって動く仕組みのもの。なんだけど、どうボタンを押してみても、長押ししてみても、ピッピピッピとストップウォッチになっちゃったり、いきなり「TPE」とか表示されちゃったり。僕は台北に行きたいんじゃない。いや行きたいけど。そういうことじゃない。違う違う、そうじゃ、そうじゃない。君を直せない。

 僕は今、違和感を手首に巻いて過ごしている。けっきょく携帯電話の時計を見る。人は何分ズレまで許容できるのだろうか。どこまでズレたら時計はまったく意味のない物になってしまうのだろうか。こうなったら挑戦してやろうか。それとも説明書を見ようか。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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