#26 マグカップ

2014.03.06

 十年ちかく大切に使い続けているマグカップがある。やや厚手の寸胴で、白色ベースにペンギンの写真が単色プリントされ「CAPE TOWN」と記されたそれは当時、東京の職場の同期が南アフリカ共和国出張の際に買ってきてくれたもの。いかにも土産物、ではあるものの、決して野暮ったくない、すてきなひとしな。シンプルなグラフィックと文字組。飽きのこないデザインに、大きすぎず小さすぎず丁度いいサイズ。十年ちかく会えずにいる友の思い出の品であると同時に、欠かすことのできない日用品のひとつとして僕の暮らしに食い込んでいる。きっとこの先、割っちゃっても捨てられない。これ。

 社会人一年目だった。まいにち夜中に這々の体で帰宅し、六畳二間の自室では缶チューハイしか飲む気がしなかった。だから、このマグカップは、友からもらった当時は使っていない。職を転じて引っ越してきた札幌の、安い家賃で広く真新しいアパートで初めて、ペンギンのマグカップは箱から取り出され、日の目を浴びた。フロムケープタウン・トゥーサッポロ・ヴァイアトーキョー。

 コーヒー、お茶、スープ。マグカップで飲むものは温かい。僕は札幌で、マグカップを使える暮らしを手に入れた。それはつまり、お湯のある暮らしと同じ意味だ。そしてそれは、台所に立ちお湯を沸かしてコーヒーやお茶やスープをつくり、注ぎ、ほっと一息つける暮らしと同じ意味だ。二つ目の職場、札幌の同期が、あるとき電気ケトルを贈ってくれたおかげで、マグカップの出番はさらに増えた。電気ケトルってほんとに超便利だよね。超便利。超便利だわ。

 冷たいものを注いでも構わないところもマグカップのいいところだ。グラスを取り出すのが面倒ですべてマグカップで済ますこともある。洗い物が増えないのもいい。ジュースや牛乳、あと、水。コーヒーカップやティーカップとは一線を画す、許容範囲の広さがある。ビールはグラスに注いで飲むほうが好きだけど。

 フランスの文具メーカーであるBICからは、マグカップとペンのセットが販売されている。そのくらい、マグカップをペン立てとして使うことは定番だ。ステーショナリー、それも高級筆記具とはいえないような低価格のラインのもの。鉛筆、ボールペン、マーカー、ダーマトグラフ、ハサミ、カッター、定規などが乱雑に立てられたマグカップのたたずまいを僕は好む。本来食器であるところのマグカップをペン立てに転用しているという実用主義的かつ自由な態度に憧れる、と言ってはちょっと大げさかもしれないが、大げさに言えばそんなところ。

 マグカップはTシャツに似ている。フォーマットとバリエーションの関係性、すなわち基本的なかたちは変わらないけど微妙なところで実に様々なかたちがあるところや、シンプルなの派手なの、かっこいいのからかわいいのまでいろんなデザインがあるところ。ピンキリではあるものの、概してさほど高価ではないところ。フォーマルではなくカジュアルなところ。用途が幅広く、懐の深いところ。故に、ノベルティグッズになりがちなところ。などなど。

 類似品としては、湯呑み。湯とはいいつつも、まあだいたいどんなものでも注いでよくて、魚偏の漢字とか力士の名前とかそのデザインはバリエーション豊か。ジャパニーズとしてはそんな湯呑みを応援したいのもやまやまだが、ここはマグカップに軍配。決まり手は「持ち手」。だって、熱いの触るの苦手なんだもん。だから僕は、日本茶もマグカップで飲む。

 欲しいときにはいつでも手に入るように思えて、いざ買おうとするとこれというのがなかなか見つからない。何でもよければすぐに買えるが、ところがどっこいそうはいかないのがマグカップで、やっぱりそんなところもTシャツに似ている。デザインもそうだし、そもそも無地でいいんだよってときにも、しっくりくるものを見つけるのがこれまた至難。大きさが気に入らなかったり、かたちが気に入らなかったり、持ち手が自分の指にはちょっとだけ小さくて窮屈だったり。

 いま職場で使っているマグカップも何年も使っているもの。百円ショップで買った、白っぽい無地のシンプルなやつ。安いし気兼ねなく使えるのはいいが、正直なところ妥協である。色も容量も悪くないが、ほんとうはもうすこしだけ厚手で、かつ、口から底にかけてすぼまるのでなくズドンと真っ直ぐ、寸胴がいいのだ。そして、無地もいいんだけど、同僚のマグカップと取り違えられないようにできればちょっとしたプリントがあるとなおいい。それも、自分自身の思想や主張や出自なんかとはまったく無関係な、突然そこに放り込まれたようなものが、きっと毎日使うには心地よいのである。たとえばそう、ペンギンの写真の単色プリントに「CAPE TOWN」みたいな。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com