#23 石鹸

2014.02.13

 僕の家には史上最多のポンプが置かれている。頭頂を垂直に押下すると、あるものはどろりとした液体を、またあるものはふわふわの泡を、僕の掌に吐き出す。その手を僕は、適宜いろんな場所へとなすりつけるわけだ。頭髪へ、顔面へ、あるいはそのまま両の手で。ポンプの設置は風呂場から始まって、洗面台、そして台所へと及んだ。

 いたるところでポンプが台頭し、石鹸は僕の家で出場機会を失うに至った。洗面台の下、滅多に開けられることのない戸の奥で、次の引っ越しのときまで日の目を見ない固形物が眠っている。買い置きしていたストック、いただいたものたち、エトセトラ。ふんわり清潔かつどこか故郷の箪笥のような香りを漂わせて、二度と訪れない日の目を、もう諦めているかのよう。

 冷遇の理由は、あるにはある。たとえば石鹸皿がどんどんヌルヌルしていく。こまめに洗い流せばいいだけなのは承知だが、なんだかどんどん億劫になっていく。こういうのはきっと最初が肝心で、ほんのいっときでもサボればあとはズルズルと後退していくしかない。水で、お湯で、ぬるま湯で、洗い流せばいいだけのもの。けれども石鹸であるだけに、別に不潔なものでもあるまいという考えが、その洗い流しを無期限に先送ってしまう。そうしてベタベタの石鹸皿は、ゆっくりと時間をかけて僕の生活を取り返しのつかないところまで退廃させてゆくのだ。そのてんポンプはすばらしい。詰め替えるだけだもの。

 そしてもう一つの理由。大きな理由。石鹸皿のヌルヌルなんて本当はどうでもいい。僕は、石鹸を泡立てるのが苦手だ。下手だ。全っ然ふわふわしない。こすれどもこすれども、ヌルヌルがペナペナとするだけ。白い面は面のままで、立体になってゆかないのだ。マンガのような、とまでは望まない。けれど幼い頃に一緒に風呂に入っていた父が立てていた泡、あるいは宿の大浴場で目にする見知らぬ方々の立てる泡、どうして僕にあの泡が立てられないのか。きっと大人になったら自然とできるようになるだろうと思ってできないまま大人になってしまったことの一つ。そのくらい親に聞けなかったのかと低学年の頃の自分を叱り飛ばしたいほどだ。そんなコンプレックスが独り暮らしを機に、石鹸の排除というかたちで発露したのだろう。もっとも、ただのポンプ式のハンドソープやボディソープでは「泡立てにくさ」は同じなのであるが。

 泡が簡単に手に入る時代になった。泡で出てくるポンプの登場には驚いたのはいうまでもないが、はじめて泡立てネットを手に入れたときには感動した。泡立ちには空気が必要なわけで、その空気を手早く効率よく含ませるための網目。その発想、あるいは発見。装置としてのプリミティブさ。ぐっとくる。百均の泡立てネットでさえも、耐久性や肌触りは別にして充分に泡立つ。こんなに便利なものができてしまったら、みんな泡立てネットで泡立てることが当たり前になってしまうのではないか。石鹸を泡立てられない子どもが増えてしまうのではないか。僕のような悲劇は二度と繰り返したくないとひそかに危惧している。危惧しながらやめられないでいる。風呂場におけるネット依存が止まらない。

 石鹸にもよいところはたくさんある。きょうびナチュラルで優しいものを選ぼうと思えば選択肢はたくさんあるし、とにかく安価に済ませたいときにも昔からある定番の石鹸はリーズナブルかつどこでも手に入りやすい。固形であるが故に旅行、特に飛行機での海外の旅に持参しやすいというのも魅力のひとつと読んだ。機内の液体持ち込み制限の対象外となるためだそう。なるほどですね。

 そしてやっぱりなによりの魅力は、使い切りの満足度につきる。「小さくなっていく幸せがある。」とは第49回宣伝会議賞で「牛乳石鹸」の協賛企業賞を獲得したコピーだが、まさにこのフレーズが言い表しているように、使えば使うほどに、愛せば愛すほどに、石鹸は小さくなっていく。その減りを手の中でリアルタイムにレスポンスし続ける石鹸の「小ささ」は、ポンプの中の「残量」と本質的に違う。どんどん握りにくくなっていき、ツルッと手元から滑り落ちやすくなり、それでも僕らは使い続ける。その存在のなかに、やがてまったく消えてなくなることを内包している。まるで舞台芸術のように儚くも美しいではないか。

 そして、完全に使い切った後に包みから取り出す、新しい石鹸の大きさたるや。その質感、その量感、その充実感たるや。表面のひんやりとしてぬめりのなく、しっとりと肌に吸いつく、まっさらの石鹸を手に持つ快楽。ずっしりと重たいそれをうやうやしくも置く石鹸皿に、ちびた石鹸が残っていてはいけない。即刻使いきるべし。

 坊主頭のとき、シャンプーのかわりに石鹸を直接頭にこすりつけて洗ってみたことがあった。あれ、よく泡立って気持ちよかったなあ。ゴリゴリって、大根おろしみたいに。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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