#21 歯並び

2014.01.30

 フィギュアスケートの全日本選手権をたまたまテレビで観ていたら、まだ若い女子選手がなかなかいい成績をおさめていて、やっぱりフィギュアスケートの選手って若いのねーなんて思いながらも、それにしたって若すぎやしないかとキスアンドクライ。よく見るとその幼い印象の出所は、前歯に横たわる金属の矯正器具であった。

 僕は歯の矯正をしたことがないが、とてもたいへんなものだと聞く。うまくものが食べられないこと。痛いこと。寝るときはヘッドギアをするのだという同級生もいた。そして、お金がかかること。本人、ご家族、そのご苦労は想像に難くない。いや、難い。ごめんなさい。しょうじき想像を絶する。

 見た目の美しさはもちろん、歯並びや噛み合わせは健康に大いに影響するという。ましてアスリートとなれば力を出し切るためにきっと重要なことなのだろう。そんな矯正は子どものうちが肝要であるというのはわかる。しかし、そんな矯正を行いながら競技を行うというのは若きアスリートにとってきっとすこぶるたいへんであろう。ごはんがうまく食べられなかったりつどつど痛くて気になったり、まるで重たい道着を身にまとったままの悟空やピッコロのようなものではないか。「オラ、服脱いでいいか。」的な気軽さで矯正器具は外せない。そんな状態で練習、そして本番、さらには優秀な成績なんていうのはミラクルというか、その集中力たるやなんということだ。若いうちに一つのピークを迎えるフィギュアスケートのような競技ならではの現象かもしれないが、まったく頭の下がる思いだ。僕なんか口内炎が一つできただけで気が散って落ち込んで何もやる気が起きなくなるというのに。

 歯の矯正というのは、どれくらい昔からあるものなのだろう。美しく見せるため、あるいは健康のために。肉体労働の占める割合が今より大きかった古い社会では「んー!」って歯を食いしばることは今より必要とされたんじゃないかと想像するのだが、技術的にどこまで可能だったのか。たとえば首を長くするような人体の変形や改造の歴史はわりと古くからあるだろうから、もしかするとけっこういけてたのかもしれないな。

 または昔の人は、歯並びは悪くなかった、ということもありえるだろうか。「昔」の度合いが違う話かもしれないけれど、テレビや社会科の資料集で見たような、化石で発掘される大昔の人骨の歯並びってどうだったっけ。じっさい、昔に比べて現代人はアゴがどんどん小さくなって、それでも歯の本数は変わらないもんだから、狭いところにひしめきあって歯並びがガタガタになるのだという説を、子どもの頃なにかで読んだことがある。そしてそこには今よりアゴが更に細くてマンガみたいな未来人の顔面予想図も描かれていた。そうなったら人類は歯を何本か抜くのがフツーになっちゃうんだってさ。へー。

 さいわい、僕は歯並びはいいほうだ。自信があるとはいえないけれど困ったことはない。しかし、わりと最近なのだが、下の歯が一本少ないことに気がついた。前歯のど真ん中、下あごの犬歯の間に、通常四本のところ三本しか歯がないのである。僕は今まで虫歯になったことがほとんどないので、何かのどさくさで抜かれたとは考えにくい。たぶん最初から生えなかったのだと思う。もしも通常の生えかたをしていれば下の歯はあふれ、その並びはガタガタだったはずだ。無意識のうちに未来人を先取りしてしまったということだろうか。未来歯。ちなみにそのせいか、わずかな隙間にものがはさまりまくる。鶏肉は間違いない。

 偶然にも良好な歯並びのおかげでずっと歯並びのことを意識せずに生きてきたが、札幌の劇団intro主宰・イトウワカナが書いた「歯並びのきれいな女の子」という戯曲があって、それは僕が最高に好きなタイトルのひとつだ。僕は初演(コンカリーニョプロデュース公演/2010年/演出:泊篤志)を、そのタイトルの奇妙さとちょっとした評判につられて劇場へ足を運んだのだけれど、物語の中身も素晴らしく、また物語の中身をふまえたうえでもやはりタイトルが素晴らしかったのである。物語に練り込まれた歯並びの話はネタバレになってしまうのでおいておくけれど、それはそれとして単純に見てみたくなる感じがするもんね、その歯並び。べつに歯並びフェチじゃなくたって、そうやっていわれたら「お、おう、そうなの? え、どういうこと?」ってなる。わざわざ冠しちゃうぐらいの歯並びだなんて、お金払って時間つくって見に行く価値がありそうな気がするじゃないか。これは芸術作品に向き合う態度として本質ではないかもしれないけれど、人間としての本質のいち側面であるとは思うんだが、どうだろう。

 僕の地元の歯医者は、歯並びのきたない歯医者だった。なのになんだか信頼できたのはなぜだろう。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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