#19 牛乳

2014.01.16

 若い頃の広末涼子の雑誌グラビアで顔面に牛乳を盛大にバッシャーこぼしながら飲むみたいなのがあって、その絵づくりはあまりにもあんまりだろうと取り上げたウェブサイトがあった(懐かしの「侍魂」である)。それよりもうすこし前に流行った「鼻から牛乳」という歌の、ちょっと大人な歌詞の意味するところを当時はちゃんとわかりはしなかったけれど、チャラリーといったら鼻から牛乳というセットアップは非常にキャッチー、かつ頭の中で瞬時に映像化できるという点で強かった。いずれにしても僕の感想はシンプルだ。「もったいない」。

 とにかく牛乳を飲む家に育った。僕と弟、子ども二人して水のように牛乳を飲んだ。三食かならず牛乳が出て、当たり前のように牛乳を飲んだ。もちろん毎食パンだったわけではない。ごはんだ。パンはせいぜい朝食の、月に数回あったかどうかのレベル。米食主体の現代日本の家庭食である。

 ごはんに牛乳。味噌汁に牛乳。目玉焼きに牛乳。納豆に牛乳。カレーにもスパゲッティにもハンバーグにも豚カツにも牛乳。ラーメンにも蕎麦にもうどんにも牛乳。子どもの頃から大好きだった、いくら丼にも牛乳。ごくごく飲んだ。食べながら飲んで、食べ終わった後にもう一杯飲んだ。好きだったのは、たくあんに牛乳。たくあんが甘くなるんである。おすすめ。ちなみに時折すすめられた「牛乳ぶっかけごはん」は否定派。味が薄いから。食べながら飲むのはいいんだけれど。

 週に二回か三回は近所のコンビニに牛乳を買いに行っていた。低脂肪乳を二本または三本。食事のたびにごくごく、さらに喉が渇いたといってはごくごく飲んでいたわが家の牛乳の消費量はざっと計算しても週に八リットル前後だったはずだ。小柄な家系に生まれた父親の考えだったのだと思う。牛乳を飲みまくり、飲みまくり、カルシウムのタブレットをかじりまくり、おかげさまで僕も弟も父の身長を早々に追い抜くことができた。父も本望だろう。

 普通の食生活ではないと知ったのは大人になってからである。「ラーメンに牛乳?ありえなくない?」僕は笑顔をはりつけたまま「そうだよね」なんて同調しながら、内心めちゃくちゃたじろいだ。なんでだ。だってみんな、給食の時間には牛乳を飲んだじゃないか。確かにパンは多かったけれど、ごはんの日も麺の日も牛乳を飲んだじゃないか。みんな給食のとき内心「ありえなくない?」って思っていたのか。そして牛乳をもらいまくる僕のことを内心せせら笑っていたというのか。そんなことも知らずに小中の僕は、元気はつらつ給食の牛乳をごっそりもらって笑顔。牛乳が飲めない奴は大体友達だ。学校の水道の水はお世辞にも美味いとはいえない。かといって小学中学じゃジュースを飲めるわけじゃない。美味い液体は牛乳だ。そりゃたくさん飲みたいだろう。当然の帰結としてのがぶ飲み野郎のできあがりである。

 三十二歳。すっかり牛乳を飲まなくなってしまった。酒に取って代わったせいかとも思うが、とはいえ僕とて朝昼晩と酒を飲んでいるわけではない。たぶん独り暮らしの時期に外食が増えたのがきっかけだ。その頃にはペットボトルのお茶も一般的になっていたし、外で牛乳を買って飲むということが習慣として定着しなかったんだろうと思う。そのうち自宅の食事でも、牛乳を飲むことがめっきりなくなってしまった。

 なくなってしまったが、買っている。もちろん子どもの頃ほどではないが、それでも冷蔵庫の中に牛乳がないと落ち着かないのは「どうしても牛乳が欲しくなる食べもの」というものがあるからだ。蒸しパンとか、カステラとか、マーラーカオとかそのたぐい。しかし冷静に考えれば、そんなに食べることはないのである。千ミリリットルパック、賞味期限切れでダメにしたこと、何回もある。このまえ買うのを五百に変えた。値段はそんなに変わらないので損した気持ちになるけれど、余してしまう罪悪感よりはいい。

 僕と弟、息子たちが家を出て、実家は両親ふたりの生活になった。ときどき実家に帰ってしみじみと思うのは、家の暮らしというものは、子どもたち本人が思っている以上に子どもたち本位のルールで回っているものである、ということ。母がカレーライスをつくることがおそらくもうほとんどないように。

 なので当然、牛乳はもうほとんど買っていないはずだ。そう思って先日の帰省時に冷蔵庫を開けてみたら、宴会用の缶ビールの他に牛乳千ミリリットルパックが二本、ドア裏にばっちりと突き刺さっていた。「夫婦で週に三本は飲んでいる」そうである。ほぼ毎食後、飲むそうである。どうやら僕や弟の身長のためというだけではなかったようである。健やかに高笑いする両親。いつまでも健やかでいてください、両親。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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