#16 冬靴

2013.12.26

 親にあてがわれる衣料品を受動的に身につけるのが子どもというものであるが、僕が初めて自ら明確に「欲しい」と思ったのは小学校低学年だったろうか。それは冬靴だった。

 北海道、それも積雪のある地域に生まれ育った身として夏靴と冬靴という区分は物心ついたときからのものだ。人は世界を言語、名付けによって分節するというが、同じ日本でも雪のめったに降らない地域の人たちにとって世界はどのように見えているのだろう。世界というか、下駄箱は。もちろん裸足を部分的に露出するサンダルやミュールはもっぱら夏に履くものだし、ふわふわのファーやボアがついたような靴は冬用といえるだろう。ただ、僕の言っている夏靴・冬靴というのは、夏タイヤと冬タイヤというのとほぼ同じ意味だ。すなわち、足回りの接地面がどうなっとるのかということ。滑らず歩けるのかということ。それにつきる。

 冬といえば長靴を履くのが当たり前だった小学生の時分、僕が初めて欲しくなった靴。それはスノートレーだった。スノートレー、おわかりになるだろうか。要は冬用の運動靴みたいなもので、雪が中に入らないようにバスケットシューズのようなハイカットで、完全ではなくとも概ね防水で、裏は当然滑らないようになっている。特に僕が欲しかったのは折りたたみ式の金属製スパイクがついているやつだ。それも踵だけではなく土踏まずの前あたりにもついているやつ。前と後ろ、二カ所にスパイクを備えたそのスノートレーは「4WD」と銘打たれていた。かっこいい! 今となってはメーカー不詳、4WDのスノートレーを地元の靴屋で買ってもらったときの嬉しさったらなかった。黒ベースに赤いラインの入った、マジックテープでとめるやつ。

 その後、何足かを経てアシックスのスノートレーのお古を父親から譲り受けた。こちらは紐靴。紐靴のハイカットは脱ぎ履きが面倒で、でもなんだか大人になった気がしたのをおぼえている。白ベースに赤いライン、決して派手ではない昔ながらの運動靴の風情で、でも、子ども心ながらにそれが渋いと感じて気に入っていた。愛着をもってしばらく履いていた。

 やや色気づいて身につけるもののことを気にし始めてから、すなわち中高生の頃は冬が憂鬱だった。しっくりくる冬靴に出会えなかったからだ。ちゃんとお洒落で、雪も入らず、滑らず、それでいて手頃な靴を見つけることは至難だった。雑誌を見るとかっこいいブーツ。高くてとても自分では手が届かないし、色気づきたての自分としてはそれを親にねだるのは恥ずかしくて気が引ける。冬でもスニーカーを履いているお洒落な同級生もいたが、しみるだろうし滑るだろうし、僕にはその気になれなかった。なんとか買ってもらった初めての革のブーツは、足首の微妙な位置に折目がついてしまって靴下の踵に穴を開けまくったが、駄目になるまで履いた。

 大学時代に、札幌パルコのバーゲンで初めて冬に履く短靴を買った。比較的雪深い小樽の自宅から札幌に通う身ではあったけれど雪遊びに興じるわけでなし、深い雪の中をこぐようにして歩くことはほぼなかろうと判断したのだ。そして、予想通り全くそれで困らなかった。だいいち脱ぎ履きしやすくて、居酒屋でとてもスムーズであった。冬靴なのにローカットでもかまわないというその事実。自分も大人になったなあ、などとよくわからん感慨にひたったものである。

 東京で一冬だけを越したことがある。そのときとても驚いたのは、僕がここで述べている意味での冬靴の必要のなさだ。積雪がなくてアスファルトむき出しっぱなしなんだから、そりゃそうである。スーツには夏と変わらぬ革靴を履き、休みの日にはスニーカーで出かけた。ところで僕は女性の靴に関しては全く明るくなくて、つい最近「札幌では冬用のパンプスが履けない」という不満を耳にして、「冬用のパンプス」なるものが存在することを知って非常に驚いた。冬の女性はブーツしか履かないものだと思っていたのだ。

 数年前に、ようやくこれは一生ものかもしれないと思える冬靴にたどりついた。ブランドストーン(Blundstone)というオーストラリアはタスマニア島のメーカーだそうで、そちらのブランドの500番というサイドゴアブーツ。脱ぎ履きしやすく、革製でありながら特別な加工によって完全防水という代物である。もちろん一生ものといっても、今の一足が一生履けるかどうかはさすがに疑わしい。ただ、もし仮にメーカーが倒産しましたよ、製造中止ですよなんてことになったらすぐさま十足は買っておきたい、すなわち自分の一生分は手元にキープしておきたい、そういう意味での一生もの。年がら年中履いたってかまわないし、事実そうしている人も多い靴だと思うけど、今のところ僕は冬靴専用としている。今も履いている。履いて書いている。

 冬は上からやってきて、足元で終わると思う。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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