#14 仕込み

2013.12.12

 ある特定の意味を指すと知ったのは、演劇部に入った高校生のときだ。ありきたりの日本語すぎていつおぼえた言葉か思い出せないけれど、子どもが頻繁に使う言葉だとは思えない。よく使うようになったのは「舞台の設営」という狭い意味を教わってから。

 舞台から退場することを「ハケる」といったり金槌のことを「ナグリ」と呼んだり、何かと専門用語にしたがる演劇の世界の中では、比較的すんなり自然と受け入れることができた言葉である。「仕込み」の反対、つまり撤収は「バラシ」。対になる言葉のはずなのに、なぜだかこっちのほうがぐんと専門用語っぽい。それでも閉じた世界の符丁的な単語を口にするのが当時はなんだか気分がよくて、ことさらに「仕込みは……」なんて言っていたと思う。

 僕らは劇場に入り、仕込みを始める。大道具を設置し、照明や音響をセッティングし、真っ暗な場面転換中の目印になる蓄光テープを舞台の床にペタペタと貼る。椅子を並べて客席を作り、あれがないと言っては買い出しに走り、カップ麺を食う。僕は裏方というよりは表方、すなわち出演することがほとんどだったけれど、部活動でも仲間とやっていた小さな劇団でも、仕込みは全員でやるものだった(たいていそうですよね?)。そのときどき、公演のたびにお手伝いもいっぱいお願いした。そのお手伝いをきっかけに仲間が増えたりするのも嬉しかった。

 仕込みという言葉は広く事前準備全般や、スキルなどを身につけることを指す。ただ、一般には食品の文脈で使われることが多いように思う。料理の下ごしらえや、お酒づくり。きっとそれが語源なんじゃない? と思えるほどのしっくり具合。「日本酒の仕込み」やら「サングリアの仕込み」なんて聞けば、それだけで美味くなりそうでわくわくしてしまう。すぐにでも飲みたいがぐっとこらえる。会えない時間が愛と美味を育むのだ。

 どうやら仕込みはただの準備ではなく、なかでも長い時間がかかるものを意味するようだ。酒然り、料理だと漬物とか。あとはよく「未来の巨匠」が一生懸命やってる大量のイモの皮むきだとかなんだとか、やたらと手間ばかりかかる、でも大事なんやで、的なもの。あれも仕込みだろう。逆に、パッと済んでしまうものを仕込みと呼ぶのには違和感がある。ビニール袋に入れて混ぜるだけの浅漬けづくりを仕込みかといわれると、どうだろう。もちろん簡単なのは悪いことじゃないし手間要らずサイコーなのだが、言葉の意味としてね。

 料理のできない僕だけど「仕込み」はできればやってみたい。未来の巨匠を目指すわけではないけれど、技は未熟でもコツコツやれば何かができあがる、というのは手先が不器用な僕にとって非常に大きな希望だ。そう、仕込みには希望がある。遥か遠く、どんなに胡麻粒ほどの小ささであろうと、光が必ず見えている。そういえば舞台の仕込みも、下手なりにみんなで力を合わせながら、公演の成功という目的に向かって時間と手間をかける営みだった。だからこそ、仕込みのお手伝いに来てくれた方々と仲間になれたのかなあ、と今、書きながら思った。もしかすると本番を共にした同士よりも、仕込みを共にした同士のほうが、親しくなりやすいかもしれない。

 ところでテレビで「仕込み」といえば、やらせを意味することもある。バラエティ番組などで、さも一般の素人さんであるかのように見せかけた登場人物が、実はモデル事務所に所属していた……なんていうことは、枚挙にいとまがない。それにしたって、周到な計画と慎重な進行が必要とされることに変わりはない。それは安直な行動だともいえるが、偶然に委ねるのではなく建設的な行動を取っているのだという部分が非常に「仕込み」的だ。そのよしあしはいったんおいといて。

 仕込みとは、時間あるいは手間をかけて、ある目的に向かって、準備の行動を取ること。それも、多くはあまり目のつかないところで。「仕込み刀」なんてものもあるね。さて、では「目的を持たない仕込み」ということはあるだろうか。言葉の意味としてはなんだかへんてこな感じがする。けれど、これも、あるように僕は思うのだ。

 たとえば本を読むということ。直近の仕事に必要な知識を得るためだとかではなく、ただ興味のある本を読むということ。たとえば体を動かすこと。痩せたいとかオリンピックに出たいとかではなくとも、ストレッチをしたり、歩いたりすること。たとえば何を漬けるかは決まっていなくても、いつどんな食材が手に入っても美味しく漬けられるように糠床を管理しておくこと。それを仕込みと呼ぶのが不自然なら「半仕込み」とでもいってみようか。胡麻粒よりもさらに小さくて、それが何かは判別できない、それでもたしかに、光の見える営み。いつか美味しい何かに出会えそうな、わくわくする営み。

 何か仕込んでみる?冬だし。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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