#13 ドライヤー

2013.12.05

 美容室で髪を切ってもらいシャンプーされた後にドライヤーをかけられた。髪をやさしく持ち上げられながら、熱風を下から上からあてられて、徐々に水分を飛ばしつつ髪の毛の流れをつくっていただきながら思った。「あ、こんなに丁寧にドライヤーをかけられるなんてことは記憶にない」と。「もしかしてこれが『ブロー』ってやつなのだろうか」と。およそ十年間通っている今の美容室で、それは初めて、シャンプー後に儀礼的に浴びせられるのではない、しっかりとしたサービスとしてのドライヤーだったのだ。

 なんでわざわざこんなことを書くかといえば僕はこの十年近く坊主頭だったからである。ちょっとした勢いというかネタというか色々あって坊主頭にしてからずっと、二十代を坊主頭で過ごしてきて、それはやはりとっても楽であるというのがあって、楽というのは「規則正しく刈ってさえいれば、毎朝の整髪が不要である」ということ、および「洗髪後に髪を乾かす必要が特にない」ということを意味する。

 一年ほど前から髪を伸ばしてみたところ、まあ、整髪に関してはなんとかなるというか、実際ほとんどしていないが、仕事柄というか職場柄それほど几帳面にしていなくとも咎められないフリーダムでありがたい環境にいるため、最低限なんとかなっている、と本人は思っている。ところが問題は整髪以前の、髪を乾かすことが非常に面倒で困っているのである。

 結論からいえば、こちらも何もしていない。坊主のときと同様、タオルで拭いたらそのまんま放置で自然乾燥である。まあ夜の入浴後は特にどこに出かけるでもないから差し支えないのだが、問題は朝にシャワーを浴びた後の出勤前であって、相変わらずタオルで拭いてそのまんま放置で自然乾燥のままなのだが、当然ながら坊主頭とは違って乾燥しきらないまま着替えて家を出発することになる。

 ドライヤーが嫌いだ。ドライヤーがうまくいったためしがない。適当なところで切り上げたら生乾きな場所がところどころ残るし、かといってしっかり乾かそうと長い時間粘ったら焦げ臭いとまではいかないけど変に香ばしいにおいがしてくるし、だいいち顔の近くだからすんげーうるさくていやになる。そして、まったくアウトオブコントロールのままに髪の流れはフィックスしてしまう。気にくわない。もしリカバリーしたかったら、もう一度シャンプーするしかない。濡れる。

 大の大人が面目ないが、要は、僕はドライヤーの使い方がよくわかっとらんのだ。解せぬドライヤー。御せぬドライヤー。

 思えば物心ついた頃からわが家は男三人スポーツ刈り、かつ母も短めパーマという家だったのでまずドライヤーの出番がほぼなかった。母は使っていたけれど、風呂上がりに髪を乾かすためだけに使っていた。寒い冬の夜の風呂上がりなど「風邪を引くから」なんて母に言われてかけてみたり、ときどき自主的にかけてみたり。冷静に考えればスポーツ刈りには必要ない代物だ。頭皮に直にあたる熱風。背の低い草しか生えない砂漠に照りつける直射日光のような人工熱。

 たしか中学生のとき、吉田秋生の名作マンガ『BANANA FISH』を読んで、不良の主人公(アッシュのことです)がちょっとした変装をするために髪をドライヤーでブローしてるシーンがあって、それを読んだときに初めて「あっ、ドライヤーというものは髪を乾かすだけでなく、こうして髪型をつくったり整えたりすることもできるものなのか」と新鮮な気づきを得たのであった。当時、僕はもうスポーツ刈りではなかったし、それなりに色気づいていたと思うが、ドライヤーで髪をセットするという発想はなかったのである(ジェルとか使ってたよねジェルとか)。結局、ドライヤーの使いこなしをまったく習得しないまま僕は大人になり、頭を丸めて、気がつけばこの歳になってしまった。

 やれ風の強さが選べたり温度が選べたりマイナス的なイオンが出てるとか出てないとかいってみたり、噂は耳に入ってくるが、その噂の限りにおいてドライヤーが、ここ二十年とか三十年で劇的な進化を遂げた感じがしないのは僕だけだろうか。人類が濡れた頭髪を乾かし、なおかつ髪型を整えるための道具として、はたしてドライヤーはこれ以上ない成熟した器具なのだろうか。

 もっと、なにか、ドライヤーのオルタナティブは登場しないのだろうか。なんの手技も要らず、自然乾燥のように頭髪を乾かしてくれる器具。その登場を僕は強く願う。もし無理なら僕は、もう、あきらめるしかないのだ。生乾きの頭で出勤するしかないのだ。季節はどんどん寒さを加速させるけれど、僕はこの冬を無事で越せるだろうか。いっそタオルでだいたい乾く坊主頭に戻すしかないのだろうか。それってかえって寒くないか。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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