#11 ふりかけ

2013.11.21

 酒というよりは食事を提供するのが主たる役割の飲食店。なかでも「ごはんおかわり無料」という夢のシステムを採用している店において、各席に瓶詰めのふりかけが設置されている場合、これを犯罪として厳しく罰するべきではないだろうか。

 非常に勇気の要る決断だ。多くの批判にさらされることも覚悟しなければなるまい。しかしやはり、ひとえに社会秩序の維持のためにも、断腸の思いでこれを取り締まらなくてはならない。僕だって人間の理性を信じたい。けれどもあまりにも、あまりにも抗いがたい誘惑である。それ単体ではまだ人間も冷静でいられる。そこに、ほかほかごはんが炊かれると、途端に人間を堕落させる粉になる。ハッピーパウダー。ふりかけ。

 いささか極端な例からはじめてしまった。そして興奮してしまった。「ごはんおかわり無料」と「ふりかけかけ放題」の、あまりに危険なコラボレーション。以前勤めていた職場からの帰り道にある店が採用していたその無間地獄、否、天国に、僕は召されてしまっていたのだ。ふつう人間というものは身体的限界よりも低いところに精神的限界が設定されていて身体をぶっ壊さないようにできているものであるが、このコラボレーションはいともたやすく僕らのリミッターをぶっ壊す。ごはんをよそう。ふりかけをかける。おかわる。ふりかける。おかわる。ふりかける。おかずはもうない。よし、最後にもう一杯。もう動けない。

 すっかりむっちり太ましくなった自らのボディを省み、嘆き、何年も経って開き直り、しばらくしたところで僕はなんとか「おかわり」を耐えることができるようになってきた。たとえふりかけがあろうとも、スルーできるようになった。未来への想像力を働かせて自分の欲求と冷静に向き合うことができるようになったのだ。自由を与えられすぎて不自由になっていた僕が、自由を取り戻した瞬間だった。

 ふりかけ。つまりはおかずがなくともごはんを美味しく食べられる粉。昔から大好きだし、今でもその愛は消えていない。「のりたま」を初めて食べたときの感動たるやもうたまらんかったし、実家の食卓に常備されていたわさびふりかけも懐かしい。東京で独り暮らしを始めたばかりの頃は、たらこふりかけを欠かさず買っていた。料理ができないなりに新社会人で時間も金も余裕がないなりに、米だけはちゃんと自分で炊こうという気持ちがあったのだと思う。

 しばらくふりかけを食べていない。冒頭の店に行かなくなったからというのもあるが、自宅でも全然食べていないし、そもそも家にふりかけがない。なぜなら僕の食生活は数年前を境にがらりと変化し、すっかり白いごはんを食べる機会が減ってしまったからである。

 昼ご飯におにぎりを持参しているので、毎日お米は食べている。けれどここ五年ほど、要は今の仕事に就いてから平日の夜はたいてい帰宅が零時近くになってしまうし、正直メシ食ったらほとんど寝るだけなんで、ごはんを食べるのもなあ、というのと、お酒が飲みたいなあ、というのもあって、おかずだけにさせてもらっているのだ。以前だったら白いごはんがないとやってられないと思っていたようなメニューでも、慣れてしまえば案外ごはんなしでもいけるものである。子どもの頃、どうして夜は白いごはんを食べようとしないのか父親の気持ちがまったくわからなかったが、すっかりわかるようになってしまった。おっさんである。

 もちろん今でもごはんは大好きだ。というわけで、自宅でゆっくり食事ができる休日だけは、お茶碗でごはんを食べる。週に数回、数えるほどの貴重な時間。でも、そのごはんにふりかけをかけてしまったら、それだけでごはんが一杯終わってしまう。おかずが食べられなくなってしまう。それはもったいない。そこで、それじゃあ、と、おかわりしてしまったら、これまた太ましさまっしぐらだ。

 こうして僕は、ふりかけをふりかけなくなった。今の僕には、ふりかける必然性がないのだ。「白米で腹一杯にする」必要は、僕にはもう、ないのだ。

 ふりかけのことは大好きだ。ふりかけをかけられないのは、すこし寂しい。ふりかけだけで食べられればいいのだが、そもそもふりかけることを前提につくられているものだから、さすがに邪道だろう。酒のつまみ的に舐めるのはアリっぽいが、ふりかけがその魅力を最大限に発揮していないという点において、きっと一抹の残念さが残るに違いない。豆腐にでもかけてみようかな。冷奴でもいいけれど、熱々の湯豆腐でもいいかもしれない。

 そういえば前述のたらこふりかけ、安いスパゲッティをゆでてマヨネーズとたらこふりかけをかけて「わーい、たらこスパゲッティだー!」って食べていたのもいい思い出である。六畳の和室で。うまくないけどうまかったな。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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