#8 ほくろ

2013.10.31

 自分の指が気になってしかたない。右手薬指の爪のちょい下、第一関節あたりに黒い点ひとつ。ごみかな、と思うけど違う。僕の目は飛蚊症なので、症状が悪化したかと心配するけどやはり違う。あたかも皮膚の上から貼りついているかのような鮮明さで、しっかり皮膚と一体化している、ほくろ。文字を書くとき、何か持つとき、ことあるごとに視界をかすめる黒い点。それだけ僕はふだん自分の手を見て、それを意識せずに過ごしてきたということなのだろう。利き手だけになおさら気になるのかもしれない。

 三十歳を過ぎた頃から、体のあちこちにほくろが増えてきた。まず、何年か前に、かかとに一つできた。このときはメラノーマとやらを疑っていちおう皮膚科の先生に診てもらったけれど、さいわい違う(でも大きくなってきたらまたおいで)ということだった。その後、やたらと目立ってきたのは腕。前腕、いわゆる肘から下にぽつりぽつりと。ここにはもともと子どもの頃からほくろが二つあったが、ここ数年で増えてしまい、古参の二つは色も若干薄いためになんだか肩身が狭そうだ。その流れでもって、今年、指先。これは加齢のせいなんだろうか。身長が伸びなくなって早十年あまり、久々に訪れた身体上の変化に、とまどう。

 腕などは普段から自分で見ることができる場所だが、自分で目にする機会が滅多にない場所というのも人体には存在する。たとえば僕は耳のエッジの部分、鏡を見てもギリギリ見えない(耳を折り返すとなんとか見える)位置にほくろがあるのだけれど、その存在に気づいたのは大人になってからだ。ひとから指摘されて気がつき、びっくりして親に尋ねたらば、どうやら子どもの頃からあるらしい。どちらかといえばほくろを意識して生きてきたつもりだったのに、周囲のみんなは見えていて自分だけ気づいていないほくろがあったとは。その部分だけ自分の体のはずなのに慣れ親しんだ自分の体じゃないみたいで、何かの拍子に見えると今でも一瞬どきっとする。

 僕は顔にもほくろがある。物心ついたときは既に、口の下に二つ。顔のほくろは大人になってしまえばどうってことないけど、幼少期から思春期の人間にとっては人格形成に多かれ少なかれ影響すると思う。特に自意識のあたりに。場所と数と大きさによってケースバイケースだし、周囲の人間がそのほくろにどのように言及するかにもよるのだが、僕は、他人からどうこう言われなかったわりに自分では嫌で嫌で仕方なかったし、何度も取ろうとしてほくろに爪を立て、ただただ赤く腫らしてしまったことも一度や二度ではきかない。まったく今となっては、なんて軽々しく言えるのは自意識との折り合いをつけられるようになった、つまり僕が他人の細部をたいして見ていないように、他人も僕の細部などたいして見ていない、という理解を得たからであって、当時の抜き差しならない気持ちはわりと鮮明に残ったままである。そうであったにもかかわらず、ひとのほくろのことを言って傷つけてしまった苦い記憶も。

 そんなコンプレックスもあり、もちろん若かったというのもあって、ときどき世の中に登場する「ほくろがセクシーだ」という言説は、あれはいったいなんなんだろうなとずっと疑問だった。目尻の「泣きぼくろ」やら、口元のほくろやらいうけれど、美人は美人だし美男は美男なんだろうし、それってほくろがあるからじゃないし、別にあったってなくたって同じじゃないかと思っていて。椎名林檎の受容は高校時代で、もうその当時は自分のほくろとは折り合いがついていたと思うのだが、その当時でも椎名林檎がほくろを描いてたとか消したとか、実際のところよく知らないけど、なんでそのことがそこまで注目されるのか、よくわからなかった。

 最近です。三十過ぎてからです。ほくろのセクシーさが腑に落ちたのは。顔でもいいし、体でもいい。なにも卑猥なスポットである必要も別になく、例えば首とか? ワーオ。ほくろ、セクシーですね。ほくろ、熱いよね。別にそんなにほくろ大好き万歳ということではないのだけれど、その味わいを理解できるようになったかなと思っている。わざわざ理屈をつけるのは野暮だろうけど、さも波風たたない整然とした秩序のなかに一点、ほんの微細な小石が投げ込まれることによって、肌という水面に波紋が広がり、対象が一気に現実感をともなって立ち上がってくる感じ。フィクションのような美しさがリアルを獲得する、「くずし」が生々しさを醸す、まあ、人間くささのようなもの。ということなんだろう。

 言うまでもなく誠に残念ながら、ベースがあってこそのアクセント、なのであり、僕のほくろは全くそのように機能しないことを併せてご報告する。宜しくご査収くださいますようお願い申し上げます。


face

鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com