#7 呼び捨て

2013.10.24

 上司を苗字で呼び捨て。社長だって苗字で呼び捨て。番組を仕切る久米宏はアナウンサーを呼び捨て。もちろんそれは、身内の人間を対外的に呼ぶという文脈で。社会人のビジネスマナーとしてそのようなことを初めて知ったときには、なんだか僕も大人になったなという感慨があった。新社会人の頃、社内の会議なのに先輩のことを呼び捨てにしちゃって笑われた、そのときはなぜ笑われたのかわからなかった、という失敗も懐かしい。慣れるまでは、そうなかなかパッパとスイッチが切り替わらないんである。あの内と外をカチカチと切り替えられる、それもまた、面倒で非効率なことかもしれないけれど、社会人らしさとして若い僕には印象に残った。

 僕はこの、身内の偉い人を対外的に呼び捨てにする作法が好きだ。自分がするのもそうだけど、自分以外の人がそのようにしているのを見るのも好きだ。礼儀としての納得感、筋の通った気持ちよさ。なんだろう、たとえばサッカーの試合中にケガをした選手が出た場合、相手チームの選手がボールをわざと外に出してくれてプレーを止めて、プレー再開後にちゃんと相手チームにボールを返してあげるじゃないですか。あれを見たときに感じるような、すがすがしさを心の内に抱くのだ。呼び捨てにされるご本人がしっかりその場に居合わせている状況だと、なおよい。

 と同時に、自分がそのように身内の目上を呼び捨てにする瞬間、ほのかに快感をおぼえていることをここで告白しておこうと思う。そんな、ただの決まりごとに対していちいち快感もなにも、というのもあるが、やっぱりちょっと、偉い人を呼び捨てにできる大義名分があるというのはなんか、なーんかやっぱ、気持ちいいのだ。べつに恨みがあるとかじゃないですよ。ないですけどさ。それはまだ、僕がもっぱら身内では下の立場だからまだいいのであって、仮に僕が偉くなったとき逆に呼び捨てにされたときイラッときていたりしたら、それは残念な上役である。いつか偉くなったらこの態度は改めよう。

 ビジネスの場でなくとも「鈴木はですね」みたく、一人称を「自分の苗字・呼び捨て」にするのって、あれも自分を低く見せる謙譲語的な意味合いとして、ちょっとだけ上司呼び捨てに近い。そのうえ、ほんのすこし自分を突き放したような、自分の発言であるにもかかわらずあたかもこの場の利害に関係ない第三者の発言であるかのような、説得力を増す演出として機能することがある。とはいえ責任の所在をぼやかすようなニュアンスも含むので、有用なのはケースバイケースだろうか。今思えば一人称の苗字呼び捨ては、ゲームギアのCMで高橋由美子が「高橋は」と言ったのが僕の原体験。幼児語のような自分の名前一人称とは違う、苗字呼び捨てならではのニュアンスがある。

 普通に考えれば呼び捨ては距離の近さに直結する。映画『耳をすませば』で、惹かれ合う女子と男子が、ナチュラルに呼び捨てになるあの流れ。くーっ、ですよね。くーっ、しかないです。あれです。まあ、苗字の呼び捨てだったら至極フツーなわけで、下の名前の呼び捨てだから、くーっ、なわけである。ずっと苗字呼び捨てでしか呼んでこなかったもんだから、結婚して姓が変わってしまった女性の同級生など、どう呼んでいいのかわからなくなるケースが間々ある。特に小中くらいの、それこそ下の名前で女子を呼ぶなど恥ずかしかった頃の同級生。大学生くらいになれば逆に、○○ちゃん、なんて下の名前で呼んでたものな。きっと自意識がそれなりにこなれていったということだろう。

 それを踏まえて再びビジネスシーンに話を戻せば、職場の先輩や上司から呼び捨てにされる、これは、普通といえば普通だが、ちょっとだけうれしかったりもする。僕が転職・中途入社組だからかもしれないが、今もけっこう「鈴木君」って呼ばれることが多くて、「鈴木」って苗字呼び捨てで呼ばれることってほとんどない。最初の勤め先は鈴木が八人くらいいたので常に下の名前で呼ばれていたし、今でも「タクマ」はあっても「スズキ」はほぼない。まあ、これは鈴木の宿命でもあるが。ちなみに、それなりに定着した呼称として呼ばれたことがあるのは、スズタク、蝦夷鹿、カレー鈴木など。カレーだけは自称だったけど。

 あだ名は基本、呼び捨てだ。あだ名にさん付けするのはせいぜい「ブタゴリラさん」って呼ぶみキテレツ大百科のみよちゃんくらいのもんで。あだ名と、普通の名前の呼び捨てでは、どちらが親しみが深いだろう。いや、むしろ、あだ名とはそのような「距離の遠近」といった面倒な議論を回避するのに一役買っているともいえそうだ。たいして親しい間柄でなくとも、あだ名さえ呼んどきゃいい、みたいな。

 自分の親からもあだ名で呼ばれている友人がいるのだけれど、あれはどういうことなんだろう。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
Shikalog / Twitter / Facebook / mail: suzuki at mark suzukitext dot com