#5 白シャツ

2013.10.10

 結論からいえば、金持ちになるしかないのだと思うのだ。不安もストレスも罪悪感もなく、まったく気負わずナチュラルにリラックスして着こなすためには、それしかない。

 ベーシックな白いシャツだからこそ、すぐにヘタるような安物・粗悪品ではなく、パリッと見えて、かつ着続ければ着続けるほどいい感じでこなれてゆくような、そんないいものを着たいものである。三十歳も過ぎて、なおさらそのように思う。男の服装は「物珍しさやギミック」から、「スタンダードで、ええもん」にシフトしていくものだし。ってなんかに書いてたし。

 ええ白シャツを着たい。気負わずナチュラルにリラックスして着たい。そのためには、金持ちになるしかないと思うのだ。だって白シャツには、ハネるだろう。大なり小なり。小さくとも当たり所によっては再起不能にするだけの力を、汁のハネは持っている。男は家を出ればけっこうな数の敵がいるものだというが、白シャツを着ていれば敵の数は倍増だ。

 なにも毎日カレーうどんを食べたいといっているのではない。それでもなお、世の中はハネに満ちていると感じないだろうか。憤ることはないだろうか。「ふらずに」って書いてあるから振らずにそっと開けたのになんかプシュっていう缶コーヒー。メコっと開ける紙パック飲料。ストロー差した付け根から野菜ジュース。ちょっと買って飲むような飲み物だけでもこんなにあるじゃないか。なにか飲もうとしたら逃げ場がない。水を飲むしかない。

 買った弁当を食べようとすれば醤油やソースの小袋が。小袋のないケースでは何らかのタレが。おにぎりやパンだからと油断するなかれ、その指についた具の油脂分が、どこに向かうかあなた本当にアンダーコントロールですか? わかった、もう、わかったよ。カロリーメイトだけ食うよ。

 人は水とカロリーメイトのみにて生きるに非ず。つまり、生きている限りハネは不可避なのである。その前提で続ける。

 すぐに脱げるならいい。すぐに染み抜きできるならいい。けれど仕事中であれば、着替えはまだなんとか準備できていたとしても、いつなんどきでも着替えと染み抜きを最優先できる状況にあるとはとうてい考えられない。もっといえば、お客さんとの会食中に白シャツになにかハネてしまったからといって、それぐらいで、中座まですることが許されようか。「ああ、せっかくのいい白シャツが駄目になってしまう」と。あほである。許されるのはきっと表面積の半分くらい浴びたときぐらいだろう。だったら着替えは許してもらえると思う。頭からかぶるいきおいだ。いずれにしても白シャツは再起不能である。

 これではまず、飲み会がある日には着ていけない。そもそも、外食がある日には着ていけない。なんなら、食事する日には着ていけない。そんな日はない。着られない。

 しかし、せっかく買ったのに、大事にするあまり着ないままで陳腐化していく服というのもまた残念で、本末転倒な話だ。やはり着なければ。せっかく着れば着るほどいい感じになっていく白シャツなのだぞ。ちょっとハネたくらいでなんだ。いいじゃないか。いやよくない。まったくいくない。

 やっぱり金持ちになるしかないのである。

 こんなことで悩むのはきっと、僕が日常的にスーツを着ないからだろう。ホワイト・シャツ、すなわちYシャツを着ないからだ。新社会人の一年目だけがスーツ着用の職場で、そのときは安価な店の白シャツばっかり着てたっけ。あ、そういや学生時代のアルバイトでもスーツを着ていた。最低でも週にいちどはスーツの日があった。ということは僕は、学生時代のほうがたくさんスーツを着ていたことになる。転職後は原則服装自由の職場勤務を十年近く続けている。

 いまの状況には非常に満足している。それはそれとして、ジーンズとロンTでリュックサックを背負って仕事帰りの地下鉄に乗っていて、ふと窓に映る姿を見て、こいつ、なんだ、と思うことがあるのだ。なにも世間はスーツ出勤者ばかりでない、いろんな職業に従事していらっしゃる方がいるのだということはわかっている。が、それでもなお、自分はまるで、大学生、なんなら高校生(私服校だった)の延長で、顔だけ老けてしまっただけではないかと、愕然とするのだ。終電には赤ら顔のスーツ男性がちらほら。僕、あなたたちよりずっと働いてますけどねえ、などと、しらふの脳内で絡む。

 そうかいわゆる、こじらせてしまっているのか、僕は。社会人らしさというものに。だから白シャツを着たい。シャキッと爽やかぶりたい。オーセンティックぶりたいのである。ああ、なるほど、すっきりした。したけど、白シャツを着たい気持ちは消えない。着られない気持ちも消えない。金持ちにはなりたい。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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