#4 風呂掃除

2013.10.03

 全裸派だ。

 正確にいうと、全裸にマスク派だ。

 派というほどの派があるのかどうか僕にはわからないけれど、これは僕にとって、かつて真剣に頭を悩ませた問題だった。みんな風呂掃除のときどういう格好するのさ。僕にはわからなかった。知る由もなかった。どんなに親しい間柄だって、風呂掃除してる姿とか見ることないもん。ないでしょ。ありますか。友達の風呂掃除してるとこ。彼氏彼女のしてるとこ、同棲してても家族でもいいや。それにしたって、風呂掃除するとき、人はひとりでしょう。せまくて湿度の高い空間で、ひとり。銭湯のせがれか、おぼっちゃまくんの家でもあるまいし。

 全裸派だ。だってさ、濡れるじゃないですか。たとえそれがね、部屋着っぽい、なんなら女子の部屋着っぽい、なんならモテる女子の部屋着っぽいね、部屋着じゃないや、ルームウェアっつーの? ショートパンツにタンクトップみたいな? そういう格好だったとしてさ、シャワーでザーッて流したりとか、ちょっと床の方をゴシゴシっとやろうとしてしゃがんだときにお尻がさ、床にさ、ぺたーんとさ。その濡れた服どうするんですか。乾かしますか? でも、ただただ干しとくだけで再び着ますか? だったら洗濯しちゃうでしょう。濡れた服を? 洗濯カゴに? そのまま入れておきますか? 洗濯機はいつ回すんですか? 濡れた状態の服を洗濯カゴに放置ですか? そりゃすぐに洗濯機回すでしょう。じゃあ風呂掃除と洗濯は常に同じタイミングですか? それは面倒というものでしょう。風呂掃除ですら面倒なのに洗濯もセットとなれば。

 全裸派の僕にはそんな悩みがない。すべての服を脱ぎ捨ていざ風呂場へイン。濡れるのなんか厭わない。じゃんじゃん濡れてしまえばいい。シャワーの水圧はもちろんマックス。はねるはねる。かまわない。マスクをするのは、洗剤や汚れがはねて口に入るのを未然に防ぐため。そのマスクだって別に濡れても問題ない。全裸にマスク。手にはスポンジとバスマジックリン。仁王立ち。めがねははずす。曇るから。

 ごっしごしの泡まみれ、サーッと流してお湯まみれ、そして、きれいになった風呂場で僕は、マスクを外し、真の全裸となり、そのままシャワーを浴びるのである。なぜなら、いちど全裸になった以上は新しいパンツをはきたいし、新しいパンツをはくからには体をきれいにしたいからである。しごく自然な成り行きである。特に夏場は一生懸命に風呂掃除するとけっこう汗だくになるわけで、かいた汗は当然そのままシャワーで流すのがよい。汗からシャワーまで、これ以上ない最短距離のアプローチ。すがすがしさに身震いする。クールバスクリンばりに爽快である。

 実家に住んでいた頃には風呂掃除をしたことがなかった。学校を卒業して新社会人にして初めての独り暮らし、木造アパートの一階、古い、おそらくユニットバスなどなかった時代の物件をリフォームしたおかげで家賃の割に妙に広い風呂場が、僕の風呂掃除デビューのフィールド。脱衣所はなく、風呂場からいきなりダイニングキッチン、そしていきなり玄関という木造アパートの一階。デビュー戦の記憶は残念ながらないのだが、よくもまあそんな住環境において全裸の道を選んだものだと我ながら感心する。いや、それは掃除じゃなくても同じか。ふだんの入浴前後も全裸だ。これは物件の問題だ。ビフォーの家だ。「玄関で全裸になる家」。匠は来ない。

 みんな、風呂掃除のとき、どういう格好しているのだろう。やっぱり服を着ているのだろうか。濡れていないのだろうか。水着か。そんなに恥ずかしい問いではないと思っているのだが、あまりにプライベートかつ日常的な話題過ぎて、職場の雑談などでは持ち出す機会を逸し続けたままである。何度か、発議しかけたことがあったのだけれど微妙な空気になりかけたので早々に取り下げてしまった。みんなは特に困ることなく、各々の流儀にたどり着くことができたのだろうか。それとも僕が知らないだけで風呂掃除界のスタンダードが存在するのか。全員全裸なのか。ねえ、風呂掃除のとき、どんな格好してるの?

 ふと、この質問を、女性に対してできるかどうかと自問してみた。そして気づいた。できる。ぜんぜんできる。仮に全裸でもエロくないし、なにか着ててもエロくない。水場だし、濡れるし、いかにもエロが潜んでいそうなシチュエーションなのに、風呂掃除ってなんら性的な妄想につながらないのである。なぜだろう。そのあまりの生活感が「シチュエーション」としての許容範囲を逸脱しているのか、はたまたそこに淫靡な空気をまとわりつかせないほどの清廉なムードが満ちているからか。そりゃお前の趣味の問題だといわれてしまえばそれまでかもだけど、「台所モノ」はあっても「風呂掃除モノ」ってないでしょう。そういうことです。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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