#2 原稿用紙

2013.09.19

 初めて原稿用紙を「買った」ときの新鮮な気持ちを、今もなんとなくおぼえている。町内で文房具といえばそこで購入するしかなかった、個人経営の小さなNという書店兼文房具店。今はもうないその店内の様子とともに、売ってるんだ! という驚きの感覚がうっすら甘く立ちのぼる。市議会議員だったN。

 原稿用紙といえば、それは作文のお供でしかなく、小学校で作文の時間に前の席から配られるB4の西洋紙。灰色でザラザラペラペラの、学校で配られるプリント全般の、リソグラフで刷られていた紙のこと「西洋紙」って呼んでいたっけ。あの紙、高校を卒業してからは、無印良品のブロックメモぐらいでしか遭遇していない。

 そう、配られるものであって、自ら買うものでなんかなかった。まして当時、それを「無料」だとすら、意識することはなかった。有料とか無料とか、そういったことを超えて原稿用紙はただ、あった。なぜ、原稿用紙を買わなければいけない羽目になったのか、ちょっと思い出すことができない。ただ、いまはもうなくなってしまった店・Nが存在していたということは、たぶん小学生、どんなに遅くても中学生の頃だったはずなのだ。おそらく夏休みか冬休みの宿題に作文が出て、教諭が休み前に西洋紙の原稿用紙を配り忘れたのだろう。なにを書いたんだったかも何枚書いたんだったかも、もう思い出すことはできない。ただただ「原稿用紙が買えるんだ!」という驚きの感触だけが今も残っている。

 原稿用紙のことを、なにも知らない。どうして四百字詰めなのか。いや四百字詰め以外の原稿用紙が存在するのは知っているけれどそれはそれとして。これほど原稿用紙が使われなくなったいまでも、なにかにつけて長い原稿は字数をわざわざ四百で割って枚数を弾いたりするが、きっと、そうしてはじめて文の分量がぴんとくる層の人たちが業界(なんの?)は少なくないということなのだろうか。作文でいえば、それまでせいぜい一枚程度だった課題枚数が「二枚半」ぐらいになったあたりで、ちょっと自分が大人になったのかな、なんて思ったものである。何年生は何枚、みたいな基準、あるのかしらね。文科省的な意味で。きっと今でも、小学校で作文を書くときは原稿用紙なんだろう。だよね? パソコンの時間はあってもいいけど、国語の時間の作文は原稿用紙であってほしい。僕は大学入学と同時にパソコンを手に入れたので、それ以来、たとえばレポートや卒業論文など長文はすべてパソコンで書いた。課題の出され方はやっぱり「四百字詰め換算の枚数」で、十枚とか最初に言われたときはひょええと震え上がったものである。

 きっといま大人のひとが原稿用紙を買うことってほとんどないだろう。だって携帯電話で小説を書く人すら珍しくないのに、今から文章を書くことを始めようという人が原稿用紙を選択するというケースはシニア以外は考えにくい。原田宗典のエッセイに出てきた、高校の授業中に隠れて、極小サイズの原稿用紙に極小文字で小説を書いていたという話。とても好きなエピソードなんだけど、いまならどうするだろう。スマホか。

 いま、僕にとっての「紙」は、メモとしての役割であったり、思考ツールとして「敢えて手で書くためのもの」としてあるが、長く整えた文章をかく紙としての、あるいは清書したテキストを誰かに渡すための紙としての「原稿用紙」は、完全にパソコンだ。ワープロソフトやテキストエディタが、消しゴムの要らない鉛筆であり、かつ原稿用紙。この便利さからは離れられない。もう原稿用紙に手書きというのには戻れない。

 けど、マス目を埋めていく気持ちよさ。この感じは一生、心の奥底に残り続けるのかもしれない。ちなみにそんな、忘れかけてた快楽を思い出させてくれた、Mac(Lion以降)の「原稿」っていう無料アプリ、けっこうお気に入りです。

 コピーライターの仕事道具、みたいな記事を雑誌なんかで読むと、ときどき原稿用紙らしきものが登場することがある。歴史ある有名広告代理店の、オリジナル備品として存在するようなやつ。ちょっと憧れるんだけど、あれ、ほんとに使ってるのかな? 実際、横罫だったり方眼だったりの、レポート用紙のようなものならときどき見る気がするけれど、マス目を文字で埋めていく原稿用紙を実際に見たことはない、ような。

 中学くらいを最後に原稿用紙から離れた僕としては「原稿用紙」に「鉛筆・シャープペンシル以外」で書いたことがない。よく作家の生原稿として目にするような万年筆で書かれたもの。マス目に忠実なものもあれば、そうでもないものもあったり、推敲の赤鉛筆がゴリゴリと入っていたり、あれ、いいよね。上等な万年筆は持っていないから、いつか手に入れた暁にはいちど試してみたいかも、と思っている。もうNはないけれど。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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