#1 締切

2013.09.12

 大好物だった。子どもの頃は。それはひとえに「懸賞の応募締切」を指していたから。締切直前にハガキを出すと当選しやすいという噂を素直に信じた僕は毎月『コロコロコミック』のハガキにせっせと切手を貼って、人目も憚らずパンパンと手を叩き郵便ポストにお祈りしたものだった。そのご利益か知らないけれど1回だけ「魔神英雄伝ワタル 可変構造 邪虎丸」が当たったことがある。あれは嬉しかった。

 締切。〆切と記すこともある。「締」という字は「諦」に似ているからか、僕の中ではどうもキュッとしめるという意味合いにイメージが直結しておらず、カジュアルさが許されるシーンでは「〆切」という表記を個人的には好む。キュッとしまっている感じがする。

 締切という言葉に、酢を嗅いだときのようなむせ返る後ろ向きの感情を抱くようになったのは、たぶん大学生の頃から。すなわち「レポートの提出期限」を意味するようになってからだと思う。以来、締切は何度も何度も僕の前に現れ、悩ませては、うやむやになって消える。

 その存在を初めて意識するとき、僕はすぐに考えるのをやめてしまう。ずいぶんと未来のことに見えるその日と真剣に向き合うことを、その場で先送りにすることを真っ先に選んでしまう。初手としてまったくもって悪手であることは、じゅうじゅうわかっているつもりなのだが、この習い性がなかなか身から抜けてくれない。インターネットをしてビールを開ける。

 徐々に締切が近づいてくるにつれて、頭の片隅にうっちゃっておいた事柄がずんずんどす黒く重たくなって、手に取ることがますます億劫になってくる。こうなってくると半ば意地で、本当にギリギリになるまで手を着けてやるものかという気持ちになっている。布団に潜るが眠れない。

 大学時代はこの連続だった。半期に一度の苦渋総決算だった。いま思い出しても、舌先から苦味がピュピュピュッとほとばしる。実家の自室の机上に開かれた鈍重なノートパソコン画面は、ようやくソリティアをギブアップしてマイクロソフト・ワードになっている。ミッキーマウスの掛時計は午前零時を回り、隣室の父は二度目の便所に起きる。机とベッドの往復。一本一本たいした長くもない糸くずがこんがらかった脳内。寝っ転がってもほぐれぬ糸くずのかたまり。何度も繰り返すマイクロソフト・ワードの文字数カウントと嘆息と欠伸。眠気。眠気。眠気。信頼を失いたくない。恥をかきたくない。白んでいく窓の外。あきらめ。ガションガションガションとインクジェットプリンタ。その早朝の騒音は、救われたような、やりきれないような。

 あの頃から僕は、今でも相変わらず似たような苦渋をなめている。

 もっとスケジュールに余裕があれば。もっといいものができたのに。そんな人間に余裕あるスケジュールを与えたところで、仕事の上がりに大差ないことは目に見えている。物理的な時間はちろん、仕事に傾ける熱量においても、どっちにしたって誤差の範囲でしかない。やんなっちゃう。

 仕事とは締切を与え続けられることとも言えるのかもしれない。それが毎日のルーティンであれ、そのつど変化に富んだ内容であれ、明確であれ曖昧であれ、ある時点でのある成果をめがけて人は働く。仮に「いくらでも待つ。できあがり次第でいいよ」と言っていただける幸福な仕事があったとしても、「食えてゆけなくなるその瞬間まで」に何かしなければならないのは同じであるし、仮に一生食えてゆけるだけの富を既にお持ちの方にとってみれば、締切が自らの肉体的な死よりも後にあるというだけの話だ。

 もしも、これまでの僕の生活の中に締切というものが存在しなかったとしたら。きっと僕は、おまんまをいただけていないだろう。何でも自分でできると錯覚している思春期の、親のようなものだ。うっとうしくて向き合いたくなくて、けれどそれなしでは日々が成立しない存在。げんにこの原稿を書くのに僕は、かなりの日数を「放置」に割いてしまった。仕事じゃないといってしまえばそれまでだけれど、誰も与えてくれないのであれば、自分で与えるのがよいのだろう。

 ところで旧約聖書の主は7日目に休んだんだそうで、それはあくまで主のナチュラルな具合というか、自然とそうなったということなのだが、もしかすると主だって内心「そこ目指して頑張った」のかもしれないわけで。もし7日じゃなく5日に主がメドをつけていたなら、なんなら巻いちゃったかもしれない。そういや曜日って歴史的にどこの文化圏でも同じなんだろうか。例えばキリスト教が入ってくる前の日本って、そもそも暦のうえの休日なんて存在したのだろうか。農家に休日はなさそうだけど。


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鈴木拓磨 SUZUKI Takuma / suzukishika(鈴木鹿)

コピーライター。札幌の広告制作会社に勤務しています。
1982年早生まれ / 小樽市出身 / 札幌市在住 / 文房具とビールが好物
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